はじめに:一躍時代の注目語となった「忖度」

おじいちゃん、学校で『忖度』って言葉が出てきたんだけど、よくわからなくて…
中学3年生のやよいが夕食後、祖父に尋ねた。祖父は新聞から顔を上げ、目を細めた。

ほう、『忖度』か。最近の若い子がそんな言葉を使うようになったのは面白いねえ。2017年には流行語大賞のトップ10に選ばれた言葉だよ

えっ、そうなの?なんで急に流行ったの?

それがね、とても興味深い歴史があるんだよ。実はこの『忖度』という言葉、古くからある言葉なのに長い間忘れられていて、突然復活したんだ。今日はその不思議な旅について話してあげよう
祖父はゆっくりと眼鏡を直すと、やよいに向き直った。
「忖度」の基本的な意味と現代での使われ方
現代日本語における「忖度」の意味

まず『忖度』の意味だけど、現代では『相手の意向を推し量って、それに沿うように行動すること』という意味で使われているんだ

ふーん、つまり相手の気持ちを察して行動することってこと?

そうだね。でも単に『察する』というよりは、特に『上司や権力者の明示的な指示がなくても、その意向を察して行動する』というニュアンスが強いんだ。辞書で調べると『他人の心中を推し量ること』とあるんだけどね
使用例に見る「忖度」の現代的ニュアンス

具体的にはどんな風に使うの?

例えばね、『彼は上司の意向を忖度して、本来なら必要な報告を控えた』とか、『予算配分には政治的な忖度が働いているのではないか』というように使うんだ。あるいは『会議では忖度せずに自分の意見を言うべきだ』といった使い方もするね

なるほど…なんだか少しネガティブな感じもするね

鋭いね!現代の『忖度』は単に『察する』ということを超えて、時に『過剰な配慮』や『不適切な配慮』というネガティブなニュアンスを含むことが多いんだよ
意外な起源:「忖度」の語源と歴史的背景
漢籍に見る「忖度」の原義

おじいちゃん、『忖度』ってどこから来た言葉なの?

この言葉は古代中国の文献に起源があってね。後漢時代の史書『後漢書』には、『忖度人情』つまり『人の気持ちを推し量る』という表現が出てくるんだ。当時は単に『他者の心情を察する』という中立的な意味で使われていたよ

中国から来た言葉なんだ!
日本における「忖度」の受容と変遷

日本に『忖度』という言葉が入ってきたのは、他の多くの漢語と同じように、中国の書物と一緒だったんだ。平安時代の文献にもこの言葉の使用例が見られるけど、一般的な言葉としては広まらなかったんだよ

じゃあ、いつから使われるようになったの?

江戸時代になると、儒学が普及して、『忖度』は知識人の間で使われるようになったんだ。この時代は『目上の人や他者の心情を察して配慮する』という、どちらかというとポジティブな美徳として捉えられていたんだよ

今とはちょっと違うんだね
明治以降の「忖度」:忘れられていった言葉

でも不思議なことに、明治時代に入って西洋の思想や文化が入ってくると、『忖度』は徐々に一般的な言葉から遠ざかっていったんだ

特に第二次世界大戦後は、封建的な価値観に関連する言葉として、日常会話からはほぼ消えていったんだよ。辞書には載っていても、実際にはほとんど使われない『死語』に近い状態が長く続いていたんだ

え?じゃあどうして私たちが今、知っているの?
「忖度」復活の歴史:死語からの劇的な復活劇
2017年:「忖度」が再び脚光を浴びるきっかけ

それがねえ、『忖度』が一般的な言葉として劇的に復活したのは、ついこの前、2017年のことなんだよ

え、そんな最近なの?

そうなんだ。学校法人『森友学園』への国有地売却問題に関連して、当時の財務省理財局長が国会で『忖度があったのではないか』という趣旨の発言をしたことがきっかけなんだ。これ以降、『忖度』は政治や行政における不透明な判断や行動を表現する言葉として、メディアで頻繁に使われるようになったんだよ

政治的な問題から広まったんだ…
メディアによる「忖度」の拡散と一般化

そう。この言葉がここまで広まった背景には、メディアの報道が大きく影響しているんだ。テレビのニュース番組や新聞、雑誌などで連日のように『忖度』という言葉が使われるようになって、それまでこの言葉を知らなかった多くの人々にも知られるようになったんだよ

さらに、ネット上でのミーム化や、お笑い番組でのネタとしての使用も、この言葉の普及に一役買ったんだ

なるほど!だから私たちの世代でも知っている人が多いのか
「忖度」の意味の変化と拡大

面白いのはね、復活した『忖度』の意味が、古来の意味から微妙に変化していることなんだ

どう変わったの?

もともとは単に『他者の心情を推し量る』という中立的な意味だったんだけど、現代では『上司や権力者の意向を(時に過剰に)推し量って行動する』というやや批判的なニュアンスを含むようになったんだ。また、使われる場面も政治の世界から、ビジネス、スポーツ、芸能界など様々な分野に広がっていったんだよ

言葉って生き物みたいに変化していくんだね
言語学的に見る「忖度」:形と意味の不思議な関係
漢字から見る「忖度」の構造

おじいちゃん、『忖度』の漢字って難しそうだけど、どういう意味があるの?
やよいはスマートフォンで「忖度」と入力しながら尋ねた。

いい質問だね。『忖度』を構成する漢字は、『忖』と『度』だけど、『忖』は『心』と『寸』からなっていて、『心を測る』という意味があるんだ。『度』も『測る・計る』という意味があるから、漢字の成り立ちからしても『心を測る』という意味が強調された構造になっているんだよ

漢字そのものが意味を持っているんだね!

そうなんだ。この漢字の構造自体が、『忖度』という言葉の本質的な意味を視覚的に表現しているんだよ
音韻的特徴:「そんたく」の響き

でも『そんたく』って、ちょっと言いにくい感じがするんだけど…

実は『そんたく』という音の響きも特徴的なんだよ。日本語の中で『そん』で始まる言葉は比較的少なくて、『そんたく』という音の組み合わせは他の言葉とあまり混同されないんだ。この音韻的な特異性も、この言葉が耳に残りやすい一因かもしれないね

確かに『そん』で始まる言葉、あんまり思いつかないかも

それに『そんたく』という音は口の中で響きやすく、発音しやすいという特徴もあるんだ。これも、メディアなどで頻繁に使われるようになった理由の一つかもしれないね
類義語との比較:なぜ「忖度」が選ばれたのか

『忖度』に似た言葉って他にもあるの?

そうだね。『推察』『配慮』『気遣い』などが近い意味を持つ言葉としてあるよ。でも、『忖度』が特に政治的な文脈で選ばれ、広まった背景には、この言葉が持つ独特のニュアンスがあるんだ
祖父はテーブルの上に三つの言葉を書き出した。

『推察』は単に相手の心情を推し量るという意味だけど、『忖度』には『それに合わせて行動する』というニュアンスが含まれるんだ。また、『配慮』や『気遣い』はポジティブな意味合いが強いのに対し、『忖度』は中立的でありながらも、状況によってはネガティブなニュアンスを含められる柔軟性があるんだよ

なるほど…だから政治的な話題にぴったりだったんだね
国際比較:他の言語における「忖度」に相当する概念
英語圏における類似概念

ねえおじいちゃん、英語にも『忖度』みたいな言葉はあるの?

面白い質問だね。実は英語には『忖度』を完全に表現できる単語は存在しないんだ。近い概念としては “reading between the lines”(行間を読む)や “anticipatory obedience”(先回りした服従)などの表現があるよ

へえ、一語では表せないんだ

特に興味深いのは、政治的な文脈では “working towards the leader”(指導者の意向に沿って働く)という表現が使われることがあるんだよ。これはナチス・ドイツ時代に生まれた概念で、指導者の明示的な命令がなくても、その意向を察して行動するという意味を持っているんだ

歴史的な背景があるんだね…
儒教文化圏における「忖度」の考え方

じゃあ、中国や韓国には似た言葉があるの?

さすが鋭いね!中国や韓国など、儒教の影響を受けた文化圏では、『忖度』に相当する概念が古くから存在するんだ。中国では『揣摩上意』(上の意向を推し量る)、韓国では『눈치(ヌンチ)』(目配せを察する)という表現があって、いずれも階層社会における上下関係の中で生まれた概念なんだよ

文化によって似たような概念があるんだね

そうなんだ。これらの文化圏では、他者(特に目上の人)の意向を察して行動することは、一定の社会的スキルとして肯定的に捉えられてきた側面があるんだよ
文化的背景による「忖度」の解釈の違い

でも、それって国によって評価が違うんじゃない?

鋭い指摘だね!実は、同じ『他者の意向を察して行動する』という行為が、文化によって異なる評価を受けることが非常に興味深いんだよ
祖父は世界地図が描かれた本を手に取った。

個人主義的な西洋文化では、過剰な『忖度』は自律性や透明性を損なうものとして批判的に見られがちなんだ。『自分の意見をはっきり言うべきだ』という価値観が強いからね

確かに、英語の授業でも『自分の意見を言うことが大切』って習うよ

一方、集団主義的な東アジアの文化では、適切な『忖度』は社会的調和を維持するための重要なスキルとして肯定的に捉えられることもあるんだ。日本の『忖度』の復活と、それに対する複雑な反応は、このような文化的背景の違いを反映しているとも言えるね

文化によって同じ行動の評価が違うなんて面白いね!
現代社会における「忖度」の功罪
組織文化における「忖度」の役割

おじいちゃん、『忖度』って悪いことなの?

それがね、一概に悪いとは言えないんだよ。現代の組織文化において、一定レベルの『忖度』は円滑なコミュニケーションや協調性の観点から、ポジティブな役割を果たすこともあるんだ

例えば?

例えば、チームメンバーの状況や感情を察して適切にサポートすることは、良好な職場環境の構築に寄与するよね。また、日本の『報連相(報告・連絡・相談)』の文化は、ある意味で上司の意向を『忖度』することで成り立っている側面もあるんだよ

なるほど、相手の気持ちを考えることは大切だもんね
「過剰な忖度」がもたらす問題点

でもね、過剰な『忖度』は様々な問題を引き起こす可能性もあるんだ

例えばどんな問題?

まず、意思決定の不透明性があるね。誰がどのような判断で決定したのかが不明確になってしまう。次に、責任の曖昧化。明示的な指示がないため、責任の所在が曖昧になってしまうんだ

そして、イノベーションの阻害も起こりうる。既存の考え方や上位者の意向を過度に尊重するあまり、新しいアイデアが生まれにくくなってしまうんだよ

確かに、みんなが同じことを考えてたら新しいものは生まれないもんね

特に行政や政治の場においては、過剰な『忖度』は民主主義の透明性や公正さを損なう可能性があるとして、批判の対象となることが多いんだ
デジタル時代における「忖度」の変容

でも、最近はSNSとかLINEでコミュニケーションすることが多いけど、そういう時も『忖度』はあるの?
やよいはスマートフォンを手に取りながら尋ねた。

いい質問だね!SNSやリモートワークが普及した現代社会では、『忖度』のあり方も変化しているんだよ。対面でのコミュニケーションが減少する中で、相手の表情や声のトーンから意図を読み取ることが難しくなり、従来型の『忖度』が機能しにくくなっているんだ

確かに、LINEだとニュアンスが伝わりにくいよね

一方で、SNS上では『炎上』を恐れるあまり、過剰に『世間の反応を忖度』する傾向も見られるんだ。これは従来の上下関係に基づく『忖度』とは異なる、新しい形の『忖度』と言えるかもしれないね

なるほど!確かに、投稿する前に『これって炎上しないかな』って考えることあるよ
「忖度」を日常会話で使いこなすコツ
適切な「忖度」の使い方と注意点

ねえおじいちゃん、私も『忖度』って言葉を使ってみたいんだけど (-_-;)
どうやって使えばいいの?

そうだね、『忖度』を会話で使う際は、文脈によって微妙にニュアンスが変わることに注意するといいよ
祖父は例を挙げ始めた。

例えば『彼は上司の意向を忖度している』と言うと、やや批判的なニュアンスになるね。一方、『顧客の要望を忖度したサービス』だと、ポジティブなニュアンスになる。また、『忖度せずに意見を言う』というのは中立的な表現だね

使う場面によって印象が変わるんだね

そそう。それから、フォーマルな場面ではやや硬い表現として受け取られることもあるから、TPOに応じた使い分けが重要だよ
会話のスパイスとして「忖度」を活用する

でも実際に友達との会話で使うとしたら、どんな風に言えばいいの?

『忖度』という言葉を知っていることで、日常会話の幅が広がるよ。例えば、クラスの出来事について『担任の先生の忖度王は誰だと思う?』なんて言ってみるとか

それ、言ってみようかなwww

他にも、テレビの話題で『あのアイドルグループのセンターって、事務所社長の忖度で決まったんじゃない?』とか、レストランのサービスについて『このお店は客の好みを忖度して提案してくれるから好き』とか…様々な場面で使えるよ

なるほど!そういう使い方なら自然に会話に入れられそう!

このように、様々な場面で『忖度』を使うことで、あなたの語彙力と知性をさりげなくアピールできるんだ。特に雑学好きな友達との会話では、今日学んだような『忖度』の語源や歴史についての小話を披露すれば、会話が一層盛り上がること間違いなしだよ

それ、明日学校で試してみる!

ただし、相手が『忖度』という言葉を知らない可能性もあるから、状況に応じて簡単な説明を加えるといいよ。『忖度って知ってる?相手の気持ちを推し量って行動することなんだけど、最近よく使われるようになったんだよね』といった導入の仕方も効果的だね

わかった!おじいちゃん、今日は『忖度』のこといろいろ教えてくれてありがとう!

どういたしまして。言葉の歴史や変遷を知ることは、私たちの文化や社会を理解することにもつながるんだよ。これからも何か気になる言葉があったら、いつでも聞いておくれ
祖父はやよいの頭をやさしく撫でながら微笑んだ。窓の外では、夕暮れが深まり、街の灯りが一つ一つ灯り始めていた。
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